富山県高岡市の浄土真宗の寺院です

夏が来れば・・

  • 2017年8月3日
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毎年、夏になると訪れる恒例のことがある。昭和20年(1945)8月6日の広島への原爆投下、さらに9日には長崎への原爆投下。そしてポツダム宣言を受諾しての終戦の詔勅による15日の終戦記念日である。最後はお盆で締めくくる。最も暑いこの時期には必ず慰霊の行事とニュースがテレビ、新聞に溢れる。耐えがたい暑さの中で、原爆の犠牲者や各地の空襲の被害者にとって、如何に悲惨な出来事であったかが繰り返し報道される。また当時の原爆の被爆者は高齢を迎えても現在もなお苦しんでいる。それを偲ぶと戦争と平和を考えさせられる。それにしても、もう72年が過ぎたという。戦後生れの私はその事実を報道でしか知らない。かって学生の頃に、8月6日に、広島へ行ったことがある。原爆公園の折鶴や、燃えさかる原爆の火が印象に残る。とても暑かった。それも今から50年も前のことである。それ故、かっての歴史的悲劇は、お盆のご先祖様の精霊参りと重なってしまう。

しかし、今なお不思議なことがある。広島・長崎の無垢の人々を、悲惨な目に遭わせた、一瞬のピカドンと炸裂した原爆から発生した放射能はその後、一体どうなったのであろうか。残留放射能は、しばらく少しはあったのであろうが、今、ほとんど問題にされることがない。確かに、残留放射能による放射線障害という話を、原爆直後はあったようであるが、その後今日に至るまで聞いたことがない。放射能は消えてしまったのであろうか。しかし放射能障害は未だに被爆者を苦しめている。一瞬にして幾十万の人の命を奪った強烈な威力を持つ原子爆弾から発する放射能が、そんなに簡単に消えてしまうのであろうか。

それに引き替え、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の津波による東京電力福島第一原子力発電所の事故は、炉心溶融による放射性物質の放出は、付近一帯に放射能汚染を引き起こし、住民は避難を余儀なくさせられた。一旦汚染されるといくら除染といっても、目に見えない放射性物質は、始末がわるい。何時になったら完全に解除されるのか分らない。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を見ても、30年以上経過するが、まったく見通しはたっていない。未だに付近は居住禁止であり、廃炉の作業はまったくできていない。その悲惨な事故当時のチェルノブイリの人々の必死の作業と、その後の悲劇的な運命とを描いて、2015年ノーベル文学賞を受賞した、スベトラーナ・アレクシェービッチ氏の『チェルノブイリの祈り』(松本妙子訳 岩波書店2011)がある。まさに目に見えない放射能と無知との格闘であった。東京電力でも、発電所の原子炉の廃炉に向けて懸命の努力がされていても、6年たった今でも未だに解決の目途さえ確定できていない。付近はなお帰還困難地区とされる。さらに全国にある原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(いわゆる核のゴミ)の最終処分場も決まっていないという。これらの放射性物質は、消滅するまで、数十年から数百年、あるいはもっと長くて、数万年、数億年も消滅しない放射性物質もあるという。確かに放射性物質には半減期があり、物質毎に様々である。物理的半減期としては、最も長いのは、ウラン238で45億年、次いでウラン235は、7億年、プルトニウム239は 2万4千年、セシウム137は30年、ラジウム226で1千6百年という。(ウィキペディア 半減期による)想像することすら、気が遠くなるような時間だ。人生高々百年の私たちにとって、責任の負える話ではない。こんな危険なものを何故許容するのか、人類の愚かさが見えてくる。

世界で唯一の被爆国であり、また福島原発事故の当事国でありながら、日本政府は、世界から核兵器を禁止・廃絶する条約に参加しないという。核原子力の持つ恐ろしさに、身も震える思いであるが、核開発競争に血道を上げている国が近くにあることは、いかんともしがたい。世界の終末も近いのであろうか。全世界にある原発が一度に誘発したら、地球の破滅・消滅もありえないことではないだろう。

ところで、出所は週刊誌だったか、新聞だったかは忘れたが、「人は60歳をすぎたら、友達は、半分でいい。」という。確かに60歳をすぎ、定年を迎えて、現職を離れれば、職場の友人、知人とは疎遠になったとしても、おかしくはない。仕事の上での付き合いは少なくなるのは必然であろう。よって、真に心を通わせる友人以外に、義理による知人との付き合いは、年賀状のやり取りくらいになるであろう。よって半分でいい、というのは少なくせよという意味ではなく、自ずと少なくなるという解釈であろう。近くにいて、親しく付き合いがあり、また趣味なども共にする友人や、幼い頃からの分け隔てのない友人など、数は限られてこよう。また、老齢のため、億劫になることもあろう。とくに男子の老人は殊にその傾向がある。社会への関心も少なくなり、世界の動向への興味も失せてこよう。少ない年金と健康への不安では、威勢の良い話もできにくい。さらに周囲への面倒な関わりもうっとうしい。老人性鬱病ではなくとも、自己に閉じこもってしまう人もあろう。一方で、第二の人生を謳歌する人もいる。まあ、それでも、限界はあるであろう。

やがて、終活が話題となってくると、子供たちに面倒を掛けたくないからといって、葬式は簡単に、墓は造るなと、いろいろ細かい。たかだか百年の人生なのに、なんとけちな事を云うものかと、やや呆れる。60歳をすぎ、友人・知人も少なくなり、孤独に呵まれ、生きている意義を見失っているのではないかと思われる。ましてや超高齢化を迎えた今日、80歳、90歳になれば、身内・親族どころか、友人さえ、すでに死に絶えているかもしれない。さらに、最近では、お一人様による「ひとり死」時代と言われはじめている。(小谷みどり『 〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』岩波新書2017.7)家族や知人からも孤立し、見送られることもなく、消えて行く。それでは葬式も墓も不要ということになろう。それほどまでに萎縮した人生観、いや死生観をもつ必要があるのであろうか。

人の死は、原爆で死のうが、空襲で死のうが、癌で死のうが、等しく尊厳な事象である。それ故に72年たっても、多くの人々がその無念の死を悼み、平和を願って毎年の如く、日本中が慰霊と鎮魂に包まれるのである。不幸で悲惨な死は、大勢の人の記憶とお見送りを受け、一方で平和裏に静にこの世を去ったからといって、こそこそと人知れず舞台から消なければならない必然はないはずである。できれば多くの人に惜しまれて、懇ろなお見送りを受けてお浄土へと旅立って頂きたい。だれもが、貴い人生を送れたことを、誇りに思いつつ、旅立つことが、今日問われているように思われる。葬式や墓の問題に矮小化されすぎている。60歳を過ぎて、関係者が少なくなったからといって、社会や家族から孤立した、ほとんど無視された個人の死と、大勢の見送りに感謝して旅立ったご先祖様との、あまりの違いに驚きを禁じ得ない。よってお盆のお参りにご参加頂いて、みんなとの絆を確認し、安心してお浄土に赴き、仏国土より、何時までも、ご照覧あれかしと願うばかりである。 

京都では、7月の祇園祭が過ぎ、お盆が終わる8月16日に精霊送りとして「五山送り火」(大文字山焼)が行われる。夜空を焦がす炎の火に、逝き去った肉親、親戚、友人・知人への想いを凝らす。多くの方々の死を見詰める機会でもある。お盆は今では国民的な宗教行事である。諸行無常の時は流れ、夏が過ぎれば、もう、秋も近い。

夕暮れや、何故か悲しい、蝉しぐれ

日本に、さらに世界に、不幸な死をなくし、放射能や原爆のない、安穏に人生を全うできるような、平和な時代が訪れることを願ってやまない。

平成29年8月1日 平安の寓居にて

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