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就活?終活?

  • 2013年12月15日
  • 2025年2月3日
  • 2014-2010
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丁度この時期、新聞・テレビでは、大学三年生の就職活動が解禁になったと報じている。いわゆる「就活」である。企業からの説明会や、学生の企業への就職訪問が認められる。早く内定をもらおうと、三年生は必死に自己ピーアールに右往左往する。大都市の大学に在学する学生は大都市の大企業に殺到する。しかし地方の大学の学生は、地方には有力な企業が少なく、都会の企業への就活にも不便である。

しかし大学生は本来勉学に励む時期ではないのか?今の大学生はどうなっているのか?まず、大学に見事合格すると、一年生は教養課程という、まあこれまでのお復習いと、第二語学と、やや幅広い大学という所の学問の入門編を経なければならない。次いで二年生がいうなれば専門課程へ進学することになる。やがて三年生になり、専門にすこし首を突っ込んだところで、その後半は就活に邁進することになる。すぐに内定を頂戴した学生はともかく、そうでないと、四年生の前半、いや後半も、内定を頂くまで、頑張らねばならない。つまり、昨今の大学生は四年間在学するが、実際の大学生としての専門的な勉強は一年半ほどしかしていないのである。これが実情である。それを知ってか知らずか、世の親たちは必死こいて子弟の学費のためにこき使われることになる。これが就活の現実である。

さて、最近天皇陛下が自らの葬送儀礼について、あらかじめお決めになったと報じられた。国民に負担のかからないように、小さな墓を、しかも火葬による葬送を希望する旨の内容が宮内庁から発表があった。しかも初めはそのために皇后様と一つの墓に合葬することを望まれたとも報じられた。

この報道に驚いた方々も多いであろう。なにか今までの皇室の長い伝統からは大きく外れるのではないかと。そうなれば歴史学の私の出番である。古代の古墳時代では仁徳天皇陵などのように前方後円墳の巨大な古墳に個別に埋葬する。いわゆる棺に納めての土葬であった。飛鳥時代になると、小さな古墳(終末期古墳)に土葬による埋葬であった。しかし合葬の例は少ない。やがて奈良時代になると、火葬と合葬墓が出現する。まず合葬墓で最も有名なのは天武・持統天皇合葬墓(檜隈大内陵)である。おそらく天皇・皇后(持統天皇ははじめ天武天皇の皇后であった)では最初の合葬墓であろう。686年に崩御された天武天皇は土葬によって埋葬された。後の702年に亡くなられた持統天皇は今度は火葬に附されて、同じ檜隈大内陵に合葬された。よって天皇で最初の火葬は持統天皇ある。以後、平安時代、鎌倉時代、室町時代を通じて天皇陵は中世末期までほとんど火葬による葬送が行われている。近世になって何故か土葬が復活し、近代には明治天皇は平安京を始めた桓武天皇の隣、桃山御陵に皇后とは別に埋葬され、以後昭和天皇も武蔵野御陵に、天皇・皇后は別の墳墓に埋葬された。よって今度の平成天皇のご決断は必ずしも歴史的に見ても決して異例のことではない。天皇が自らの「終活」を宣言されたわけである。

そこで考えて見よう。学生の就活には未来があるが、年寄りの終活にはほとんど未来のない話である。人生が終わりに近づいた頃、誰しも考えておくべきことではある。また、家族にも伝えておかねばならない。最近読んだ本に『人は死ぬとき何を後悔するのか』(小野寺時夫著 宝島社新書)がある。著者はホスピスのお医者さんらしい。2500人あまりの多くの人を看取ったという。その第一章は「死を忘れた日本人」である。「すべての人が、いつかは死ななければならないのですが、急に経済発展し、寿命も著しく延びたこともあって、死ぬことを忘れた日本人が増えている感を受けます」という。よって「自分なりの死生観を持つことが大切です。(中略)安らかな死を迎えるための基本条件である」そうです。

確かに元気な80歳、90歳も珍しくない。でも著者が指摘するように、みんなすべてがそうではない。長い間介護の世話になり、意識朦朧として旅立つ人も多い。そこで、人は自分の人生を振り返って最後に何に後悔するかである。満足して家族や知人に感謝の言葉を言い残して逝く人は希らしい。また見送る(いや見放す?)家族にとっても、大問題なのである。此の本はそういう後悔録である。怖い話が一杯記録されている。悔いの多い人生では安らかに眠れないと、この著者はいう。

立つ鳥後を濁さずというではないか。身辺を清らかにして、お気をつけあそばせ。特に金、権力、名誉のある人ほど、自分に力でなんとかなると考えるのか。医学とて万能ではありません。金や権力で自分の死を左右することはできません。さらに遺産相続や複雑な家庭問題を抱えた場合は、なおさらこと穏やかではないそうです。

この先生が言うには、「五十代になったら、あと五年、十年しか生きられないとしたらどうするかを折りにふれて真面目に考える」がよいと。ピンピンコロリと言う言葉が一時はやったが、本当にポックリできるのは死者の約一割だそうです。自宅の畳の上でというのは少ない。つまり、妻や夫、家族のお世話になり、やがて家族に見守られながら逝くと言う理想的なケースは希らしい。挙げ句の果てに介護施設に放り込まれるのが最近のはやりである。都市部や山間部を問わず、少子高齢化の社会を迎え、高齢者の単身家庭も増えている。ましてこれから増えると予想される「お一人様」の場合の老後対策は、認知症や寝たきりなって介護が必要になる前に準備することが肝心であろう。

ところで、今年9月28日と29日に宗祖親鸞聖人750回ご遠忌法要を厳修した。天候に恵まれ、門信徒一同にとって誠に感慨深い法要であった。

この時帰敬式(おかみそり)を行った。つまり生前に浄土真宗の門徒として、仏弟子となってお念仏の道に邁進することを誓って自分の法名を頂いておくものである。ご遠忌の記念すべき法要の機会に門徒に方々に呼びかけたところ、なんと百人を越える老若男女が応募された。若い方々や、あるいはご夫婦で受けられたかたもいる。法名を頂くことがすぐに死を意味するものではないが、人生の果てにあるお浄土への旅立ちに備える強固な信仰と意志を顕わにする儀式である。ご本人の顔を思い浮かべながら、またその方の人生行路を勘案しながら一人一人に法名を付けさせて頂いた。受取られたご自身の法名に深い思いが心に根差したことと思われる。まさに終活である。

若い人の就活は実社会への旅立ちであろうが、こちらの終活は人生の終末への旅立ちの心構えである。

平成25年12月8日 平安の寓居にて

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