先日、私の住民票のある京都市役所から、小さな郵便が届いた。何だろうかと明けて見てびっくりした。それは「介護保険被保険者証」であった。五月に誕生日を迎えた私は丁度六十五歳になったところである。
六十五歳からは前期高齢者、七十五歳からは世に言うところの後期高齢者。早速ご連絡をいただいたのであるが、それはある種の衝撃であった。つまり予期せぬうちに後から背中を押されて、いよいよ前期高齢者の仲間入りを果たしたのである。これからはいざという時には面倒を見てもらえるということなのだろう。妙に納得はしたものの、さて、まだまだ老後ではないと抵抗する。今はまだ老中だと。老後の行き先はお浄土に決まっているではないか。人は誰でも必ず死ぬ。死後はお浄土が待っている。よってまだまだ死なない、いや死ねない、老中だから大丈夫だと。
最近見たある映画のパンフレットには芥川賞作家の絲山秋子氏が「時間は逆戻りのできない廊下のようなものだ。私たちは時間に対してだけは完全に受け身にならざるを得ない。一方通行の廊下を歩いている。場所を間違えている者もいる。振り返ってばかりの者もいる。」(絲山秋子「ミゲルの「現実」『しわ』劇場公開記念冊子」2013.6)
この『しわ』という映画はスペインのアニメ映画で、老人施設の物語である。体がいうことがきかなくなった老人やアルツハイマーの老人が織りなすなんとも寂しい未来のない現実を描いた映画である。もし、この映画『しわ』を見る機会があったら是非一度御覧下さい。老後の(いやいや老中の)参考になりますよ。
さて、自分の命さえもがどうにもならなくなった時にはどうすればいいのだろうか?少子高齢化社会の大問題である。しかし個人にとっても避けては通れない深刻な問題である。介護保険があればすべてが解決するということではない。自身にとってだけでなく、家族にとっても、重大な悲劇をもたらす要因である。それは精神的・心理的にも、肉体的にも、また経済的にも、大きな障害となる。やがて無力な自分に絶望して、無気力に陥ってしまうだろう。ただなすがままに生きてゆくだけになるのだろうか。
親鸞様は九十歳で亡くなったということであるが、晩年は如何であったろうか?恵心尼は遠く越後に、そのため末娘の覚信尼と弟の尋有が京都にてお世話されたと伺っている。お亡くなりになったのは弘長六年(1128)*1十一月二十八日、京都押小路万里小路の善法院(弟尋有の自坊)にてという。親鸞にはアルツハイマーや認知症の気配はない。しかし亡くなる五年前、八十五歳の時に、子息善鸞を義絶するという、大事件を起こしている。教義を貫く一徹さか、それとも老いから来る狂乱か。老いては子に従うことは親鸞にはない。親子の情愛による迷いは見えてこない。相当な頑固親父ということになろう。その時にはまだ京都には介護保険はなかったことであるから、お世話も大変であったろう。眼もかすみ、足腰も立たなくなった親鸞様はひたすらお念仏をお唱えになって静に往生されたと聞いている。これではますます悲観的になってくる。人生の最後は誰といえども時と場所を選べない。またいずれの行をも及ばない。まさに宿業なのであろうか。
その親鸞聖人が、亡くなる五年前、八十五歳の時に作られたのが『正像末』和讃である。なかでも私が最も注目するのが、以下の和讃である。
「如来の作願をたずぬれば 苦悩の有情をすてずして 廻向を首としたまいて 大悲心をば成就せり」(正像末三十七首)*2
岩波文庫本の『親鸞和讃集』(名畑應順解説)によると「弥陀如来が因位に本願をおこされた本意を尋ねてみると、あらゆる苦悩の衆生を捨てられないで、この衆生に功徳を施すことを第一目的となされて、大悲心(苦を抜き楽を与える心)を成就された。」という。
簡単にいうとこうなろう。「阿弥陀如来は、願を発せられたが、それは苦に悩む衆生を見捨てず、功徳を衆生に与えることを第一にして修行し、それによって悲願を成就された」ということになろう。
ここでもっとも疑問に思うのは、「如来の作願を尋ぬれば」の、この件に関して、誰が誰に尋ねるのかである。親鸞が如来に尋ねたということか。それともよきひとに尋ねたか、あるいは親鸞が自らに尋ねる、自問自答したということか。さらには一般的に人々がこの件について考えると、そういう結論がでるということか。
ともかく、逆に言えば、自ら尋ね、求めない限り、如来の本願は分らないということになろう。ただ愚かで、無力だと自嘲してみても、光明は見えてこないのではないだろうか?その後の「苦悩の有情をすてずして 廻向を首としたまいて 大悲心をば成就せり」はまさに阿弥陀如来が達成された崇高な悲願である。
しかし大切なことは、なおその謂われを尋ねる、あるいは問う者がいるということではないだろうか。
平成25年7月7日 京都 柳馬場通(旧万里小路)綾小路下る寓庵にて
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弘長6年11月28日(陰暦)で 西洋暦では1262年となる。これは「一(1)にも二(2)にも、無二(62)の人」と覚えるとよい。御正忌は親鸞聖人のご祥月命日に行われる。毎年の報恩講はそのご遺徳に感謝する法要である。平成24年(2012)は親鸞聖人没後七五〇年に当たる。各真宗寺院では七百五十回御遠忌法要が行われる
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釜田哲男『よきひとの言葉 浄土真宗への道しるべ』2013年3月 北国新聞社出版局 p68-70